ここのところ、Audibleではミステリばかり。どんでん返しに「やられた〜!」と唸る快感がクセになっていた私ですが、たまには毛色の違うものを、と手に取ったのがこの一冊。小野寺史宜さんの『まち』です。
正直に言うと、静かなお話だろうから“ながら聴き”にちょうどいいかな、くらいの軽い気持ちでした。それがどうして。聴き終えたころには、じんわり涙がこぼれていたのです。
どんなお話?(ネタバレなしで)
山で荷物を担ぐ「歩荷(ぼっか)」の仕事をしてきたじいちゃんと、その手で育てられた孫・瞬一(しゅんいち)のお話です。
瞬一はやがて東京へ出て、荒川沿いのアパートで一人暮らしを始めます。コンビニや引越しのアルバイトをしながらの、なんてことのない日々。派手な事件が起こるわけではありません。でも、そのなんてことのない毎日が、読んでいて(聴いていて)ふしぎとあたたかいのです。
心に沁みたところ
いちばん惹かれたのは、瞬一という青年の素朴さと人間味でした。
彼のまわりには、大家さんやご近所さん、元バイト先のコンビニの人たち――あたたかい人がたくさん集まってきます。読み進めるうちに気づくのは、まわりが温かいのは、瞬一自身が温かいからなのだ、ということ。温かい人のところには、自然と温かい人が集まるのですね。
そしてもうひとつ。親から教わるはずだったことを、じいちゃんが一つひとつ手渡していってくれるのです。「村ではなく、まちに住んで、人の役に立て」。そんな言葉のひとつひとつが、瞬一の背中を押していきます。頼りにされる人へと育っていく彼の姿に、何度も胸が熱くなりました。
あら還世代の私に刺さったこと
歳を重ねてから読むと、この物語はまた違った沁み方をします。
「次の世代に、自分は何を手渡せるだろう」。じいちゃんが言葉と背中で伝えていくものを見ていると、そんなことをつい考えてしまいました。教えるって、あれこれ言うことじゃなくて、こうして生きてみせることなのかもしれません。
ご近所づきあいの温かさや、人と人との縁のありがたさも、この歳になるほど沁みてきます。同世代の方には、きっと響くところがたくさんあると思います。
Audibleで聴くのもおすすめ
この作品、朗読で聴くと温度がぐっと増します。声にのった瞬一の素朴さや、まわりの人たちのやさしさが、耳からじんわり伝わってくるのです。家事をしながら、お散歩をしながら――そんな“ながら聴き”のつもりが、いつの間にか手が止まって聴き入っていました。
正直なところ――紙の本でも欲しくなりました
Audibleは“ながら聴き”ができて本当に便利なのですが、正直に言うと、ひとつだけ惜しいと感じることがあります。それは、心に残った言葉を手元に残しておけないこと。ページなら線を引いたり付箋を貼ったりできるのに、朗読だと「あ、今の一文、すてきだな」と思っても、そのまま耳を通り過ぎていってしまうのです。気づけば、内容は覚えているのに、あの言葉そのものは思い出せない……なんてことも。
『まち』には、そうして書き留めておきたくなる言葉が、いくつもありました。だからこの本は、いつか紙でも手元に置いて、じいちゃんの言葉をゆっくり読み返したいなあ、と思っています。聴いて出会って、紙で確かめたい――そんな一冊です。
(※Audibleにはブックマーク機能もあるので、「ここ!」という場面には印を残しておくと、あとから聴き返せますよ。)
おわりに
突拍子もないことは起きません(たまには起きますが)。それでも、読み終えたあとに残るのは、じんわりと胸にしみる温かさ。私はこっそり涙をこぼしました。ほんとうに、いい本でした。
同じ小野寺史宜さんの『ひと』も、地続きのあたたかさを持つ作品です。『まち』が気に入ったら、次はぜひこちらも。
