垣根涼介さんの『極楽征夷大将軍』を、Audibleで聴き終えました。
足利尊氏の話です。
室町幕府を開いた人、というくらいの知識しかなかったので、きっと豪快で頭が切れて、部下をぐいぐい引っ張っていく人だったんだろうと勝手に思っていました。
ところが聴き始めてすぐ、「あれ?」となりました。
この尊氏、驚くほどやる気がない。
野心もない。執着もない。戦はそこそこ強いらしいのだけれど、政治のことになるとさっぱりで、本人もそれをまるで気にしていない。普通なら少しは焦りそうなものなのに、「まあ弟がやってくれるし」という感じで、実にのんびりしているのです。
その弟の直義が、また兄とは正反対の人。切れ者で、実務家で、きちんと理屈を通す人。尊氏はこの弟を心底頼りにしていて、それが打算でも演出でもなく、ただ「自分にはできないから、できる人に頼る」というだけ。見ていて清々しいほど、てらいがないのです。
面白いのは、この「自分が、自分が」という欲のなさが、かえって人を集めてしまうところ。
尊氏のまわりには、なぜか放っておけないと感じた人たちが自然と寄ってきて、力を貸してくれる。本人が人望を得ようと動いたわけでもないのに、気がつけば一つの時代が動いていた。なんとも不思議な話です。
聴きながら、ふと「うまくいくチームって、こういう形なのかも」と思いました。
世の中を見回してみても、勢いのある会社やお店には、たいてい社長を陰で支える人がいる気がします。表には出ないけれど、トップにできないことを黙って引き受けている人。その存在の大きさを、尊氏と直義を見ていて、あらためて思いました。
尊氏と直義の関係は、物語の後半、悲しい方向へ進んでいきます。聴いていて胸が痛くなる場面もありました。
それでも、二人が互いを必要としていたことは揺るぎない。
完璧な人、懸命な人だから、ひとりで何もかも成し遂げるわけでもない。信頼しあって、補い合って、一時代を築けるほどの形になる。そういうものなのかもしれません。
もうひとつ、印象に残ったことがあります。
尊氏のあの楽観的な性格は、鈍いのとは違う。自分に何ができて、何ができないか、それを静かにわかっている人だけが持てる、ある種のおおらかさだった気がするのです。
自分の限界を認めるのは、口で言うほど簡単ではありません。でも尊氏には、そこに抵抗がなかった。だからこそ周りの人が、それぞれの持ち場で気持ちよく力を発揮できたのでしょう。
全部を自分でやらなくてもいい。
頼ることは、弱さではないのですね。
六百年以上も前の、どこか飄々とした将軍を、ちょっと羨ましく思いました。
(そう思うと、会社やお店がどんなふうに始まったのか、そのなりたちにもちょっと興味が湧いてきました。不思議なものです)

